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2011年5月

2011年5月29日 (日)

点検入庫 BL3FWマツダスピードアクセラを

12ヶ月点検のためディーラーに入庫した。
新車から約2年間、2万キロ、サーキット走行も重ねてきて、ここでしっかり面倒をみておこうということで。
随分前からエンドレスのブレーキパッドMX72に替えているのだが、リアのパッドのクリアランスが、純正のものとは微妙に違うようで、走行中の振動や、ブレーキを離した瞬間に「カチッ、カチッ」という音を発していた。以前もグリスアップして直してもらったのだが、今回もやはり再発。
サーキットでエンジンをぶん回すせいか、冷却水のリザーブタンクの残量がMIN値を下回るくらいになった。
これらのメンテナンスをしてもらい、エンジンオイル交換をしてリフレッシュ。

何も起こらないのが一番であろう。クルマも健康第一だ。

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2011年5月21日 (土)

痛くて眠れない。足指の腫れ

この1ヶ月ほど運気が良くないようだ。
5/20の夕刻から左足の中指の傷口が化膿し始めて、痛みが激しくなってきた。
なんとか仕事場から帰宅したものの、夜には立って歩くことも困難になってしまった。
激痛である。
足指は大きく腫れあがり変色までしているし、自分の脈拍がその腫れを通じて感じられるくらいである。これは今夜は眠れないであろう。覚悟した。
床に入っても痛みは激しくなるばかりで、氷で冷やしたりとムダな抵抗を試みたが、全く和らぐ気配すらない。
それでも断続的には眠れたようで、途中朦朧とする意識の中で時が過ぎるのを待った。
朝方にかけては、チビ軍曹のおねしょ騒動が起きたり、チビ二等兵が6時に目を覚まして騒ぎ出すなど、追い討ちをかける事態が相次ぐ。。

朝になれば痛みも引くだろうと甘く考えていたが、腫れは一層ひどくなり、もはや痛みで寒気すらする。この時点で病院へ行くことを決意し、激痛の足を引きずって自転車で近くの外科へ行った。処置は指にたまった膿を切開して解放し、消毒、軟膏塗布と簡単なものであったが、これで一気に痛みが引き楽になることができた。

土曜日は終日何もすることができなかった。ひたすら寝転がって読書にいそしんだ。
クラッチ踏めないので、どこにも行けず・・・

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2011年5月11日 (水)

第5回袖森フェスティバル BL3FWマツダスピードアクセラで

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2011年5月8日。満を持して臨んだ第5回袖森フェスティバルである。
満を持してとはDIREZZA Z1 SPORT STAR SPEC。新タイヤでのタイムアップを目論み、気合十分でこの日を迎えた。
第2回の開催から連続参加で、ちょうど1年になる。
共に走るメンバーの中には常連になっている方も多く、誰がどのくらい速いかは概ね見込みが立つようになった。

当然、将軍、チビ軍曹、チビ二等兵も同行。
前回はタクマロンくんがカゼだったが、今回はタクマロン氏ファミリーと全員で参加である。

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今回はユーロトレーニング走行会とコラボレーション企画。
アバルト勢多し。タクマロン氏もこちらの枠で参加。
私自身はワンデイスマイル枠で参加。

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暑いくらいの天気に恵まれ、チビ軍曹とチビ二等兵。
サーキットで遊ぶのも馴れたものである。

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他の参加者はパドック駐車。
うちがいつも優先ピット枠を使わせていただくのは、チビ二等兵が他のクルマにいたずらをして迷惑をかけないようにするため。
サーキットには、高価なクルマがたくさん来ているから・・・。

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出撃!!

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1本目からろくすっぽ様子もみずにかっ飛ばす。
さすがダンロップ最高峰タイヤ。DIREZZA Z1 SPORT STAR SPEC。
BL3FWマツダスピードアクセラの純正吊るしタイヤ SP SPORT 2050に対して、グリップ感が違う。加速の伸びも良く、バックストレートエンドの3コーナー進入で160キロを超える。これまでより数キロは伸びている。全体的にこれまでとは走りのリズムが違ってくる。袖ヶ浦のバックストレートは馴れていたつもりだったが、今日は恐怖を感じるくらい速度が乗る。
インフィールドに入って5~6コーナー。8コーナーの左旋回と、タイヤの鳴き方も違う。スキール音は低く、あまり鳴かない。ただしサスペンションには手を加えていないので、基本的な特性は純正のままで変化はない。9コーナーのヘアピン立ち上がり、2速で踏み込みが早すぎると前輪が路面をかきむしってしまう。そう、このマツダスピードアクセラ、FF車としてはもはや限界を超えたパワーを持っている。とにかくステア角が大きい状態、かつ、2速ギアでの不要なアクセル操作は、ホイルスピンを誘発するだけである。速くもないし、面白くもない。とにかく、全体を通してスムースに操作し、無駄な滑りを排除して走るのはどんなクルマも一緒だ。

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どの媒体のインプレにも記述がある通り、エンジンは6000rpmでパワー感がなくなる。
6000以上回すより、6000でシフトアップするのが速いが、袖ヶ浦はコーナーとコーナーのつなぎで、ちょうど3速6000~6500付近を要求してくる。特に5コーナーへの進入と、最終コーナーへの進入がちょうどそれにあたる。6500まで踏んで、アクセルを抜き、エンジンブレーキを効かせつつ、ブレーキで減速。正しいかは解らないが、無用に4速にシフトアップすると、操作が忙しくなるし、ミスも起きるので、この走法に徹している。ただし、やはり面白みはない。ショートストロークエンジンのように高回転を炸裂させるような恍惚感は、そこにはない。

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何回も走って、袖ヶ浦には慣れたので、ほぼ限界に近いところでコントロールできるようになった。※ただし、プロが操るレベルは別である。
純正のままのサスペンションはとにかくリアのスタビリティが高い。FF車はアクセルでリアのスライドコントロールは難しいので、簡単に破綻するのは危ない。恐らくこれが安全な設計なのであろう。リアのマルチリンクサスは、どのコーナーでもしっかりと路面を捉え続けている。自ずとフロントタイヤ、つまり、舵角とアクセル開度に意識がいく。限界域でのコーナリングでは、フロントタイヤの滑りを感じながら、ムダなく失速しないように曲がっていければ速い。

と、ここまで書けば、さぞタイム更新したことだと自分でも思ったのだが、
1本目:1'24"197
2本目:1'23"465
3本目:1'23"862

2/6の走行では、1'22"197がベストだったから、今回は1秒以上遅かったことになる。
いくらそのときが冬で気温が低くて、今回が暑かったといっても、この結果は説明がつかないのではないか。
絶対的に高性能なタイヤを装着したということもあるし、感触的には前回より圧倒的に速く走れたつもりであった。
しかし結果から言えば、純正の少しグリップが弱いタイヤを適度に滑らせながら走らせたほうが速かったということである。
タイヤだけ、モノだけ良くしてもダメである。それを引き出す能力が必要だ。これがプロとの違いだ・・・。プロなら気温の違いなど介することなく、タイムをたたき出すだろう。
やはり、何か運転操作のリズムが違ってしまったのだ。
今回は勉強になった。

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さて、この日、タクマロンさんのクルマのご機嫌が悪かった。
自分では帰らないと言い出したのだ。
詳細はタクマロン氏の日記に譲ろう。

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今回の袖森フェスティバルは荒れた。
スピン多発。故障。赤旗中断と。こういう時もある。

サーキット出走の瞬間の緊張感や高揚感は他では味わえない。
遊びとは言え、真剣に攻める。タイムを狙う。でも、安全が最優先。
この日のためにこのクルマを所有しているといって過言ではない。









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2011年5月 5日 (木)

5/5未明 救急病院へ

5/3の午前中より発熱。夕刻には38℃に達した。恐らくカゼと判断し、以前に処方されたジェニナック抗生剤と、ブルフェン剤で解熱を試みた。つらかったが、夜には解熱し楽になってきた。その晩はそれでおさまった。

5/4は朝は快調。通常通り過ごしたが、夕刻より胃に違和感を感じはじめた
多少無理をして妻の実家へ行く。
夜になっても治まらず、夕食は食したものの、いざ横になっても眠れないほど痛い。
午前3時、更に痛みは悪化。ここまで全く眠れず。
我慢できず、横浜市の救急センターへ電話。
神奈川区付近だと、みなとみらいの「けいゆう病院」が救急対応してくれるとのこと。
チビ軍曹、チビ二等兵を彼らの祖母に託し、妻の運転で病院へ急行。

何とか歩けるものの、座って待っている時間も苦しい。
診察で問診を受け、血液検査、レントゲンをやってもよくわからないという。
止む無くCTスキャンとなったが、この頃にはとにかく何か処方してくれという気持ちのみ。
この時点で妻に悪いので、先に帰ってもらうことにした。帰りはタクシーでもなんとでもなろう。
CTを撮るには「ヨード造影剤」なるものを点滴で入れる必要があり、これが副作用が強いとのことで、同意書への署名をする。この時点では署名などいくらでもするから早く楽になりたいという思いしかない。
CTの機械に横になり、いよいよ造影剤の投与である。
喉の渇きがひどくなり、一気に全身が熱くなる。

何がしかの役に立つという点滴をしたまま処置室に戻り、ベッドに横になると、今度は身体全体をかゆみが襲った。医師曰く、副作用のアレルギーが起きたとのことである。そのための抗アレルギー剤も点滴で投与。もう左腕も右腕も、何らかの管につながれ、寝てないこともあって意識が朦朧とする。経過観察するまで、このまま病院に留まるしかないという。しかし、肝心の胃の痛みは、造影剤を投与したくらいから、心なしか軽くなってきたように感じられた。それはそれで良い。

気づくと午前8時。ようやく眠れたようであった。
全身のかゆみもなくなり、胃の痛みも軽い。ただ、頭はモウロウとする。
CTの結果からも、明確な理由はみつからなかったという。
恐らく、5/3の発熱の時点で何らかのウィルスが入り、それが胃や腸で暴れたのだろうという所見であった。

病院を出ると、休日のみなとみらいの街。
朝の空気は気持ちが良いが、こちらは眠さでどうにも暗い。
おぼつかない足取りでみなとみらい駅まで歩き、義父母宅まで徒歩で帰った。
この日は昼の14時まで寝て養生して過ごした。

あのまま救急にはかからず、家にいたとしたら同じ結果だっただろうか。わからない。
幸運だったのは、我が将軍が義父母宅のオートマ車に乗れたことだろう。
自宅だったら、救急病院まで自分で運転するか、それこそ救急車だ。
しかし、カゼのウィルス如きで救急車を呼ぶわけにはいかない。やはり、自分で行っただろう。

それにしても、救急病院にはひっきりなしに患者が来ていた。もちろん救急車で搬送されてきて、私自身より明らかに症状が悪そうな人も多かった。内科の処置室だったからまだしも外科であったら、それこそテレビ番組のようであったかもしれない。

今晩は落ち着いて眠れそうである。
感謝。

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千葉 金谷港からドイツ村

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2011/5/1~2で千葉は金谷港付近宿泊。翌日は東京ドイツ村という旅程。
1日目は残念ながら雨天。金谷の港近くで寿司を食し、あとは宿で過ごす。

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2日目は天候に恵まれ、東京ドイツ村へ。
車で乗り入れて場内を巡り、好きな場所で停めることができるのが面倒でなくて良い。

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チビ軍曹とチビ二等兵。小動物へのエサやりが好きなようだ。

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チビ軍曹はもう単独行動で好きにやれる。
チビ二等兵は気持ちだけはイッチョウマエだが、まだ2歳児。まだまだおぼつかない。

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この有様である・・・

安全な水遊び場を発見。水着に替えて自由にやらせる。
泳げるような深さはないので少し目を離しても大丈夫。
親は周囲の木陰で見守れば良い。とても安心感がある場所でよかった。

チビ軍曹曰く「ゴミが浮いてるからヤダ」、「深いからヤダ」
うるさい。黙って遊びなさい。

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場内は至るところが芝生とお花で埋め尽くされていて、穏やかな気分になれる。
いわゆる遊園地とは違い、目玉になるような施設はない。
それだけに、チビを連れた家族が安心して遊べる。

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場内にも食事場所はあるし、ドイツと名が付くだけあってソーセージやビールも豊富。
しかし、チビ連れはお弁当とレジャーシート持参が良い。
一旦そこで遊びだすと、移動が面倒になる。
どこかに本拠地を決めたら、食事も遊びもそこを中心に、というのがセオリーになりそうだ。

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