日記・コラム・つぶやき

2016年8月14日 (日)

ようやく夏休み

 とても忙しい日々が続き、ようやく夏休み。こどもたちはバスと電車を乗り継いで祖父母宅へ2人だけで行ったり、とっくに満喫中。今年の夏は連休前に2階の2箇所のエアコン交換と、14年間使った冷蔵庫を新しくした。忙しい日程を縫うように配送手配から設置までをこなし、ようやく完了した感じだ。

 エアコンは取付業者が多忙ということで、わざわざ休みをとって平日の日程を組んだのに、当日はなぜか1台しか持ってきていない。発注した先に聞けば、2台一式となっていたのを勘違いし「1台」になっていたそう。結局、後日の対応になる手配ミス。
 グレードのいいほうを選んだので、モノ自体は便利なのがせめてもの救いか。特に電波式のリモコンが親子2個ついていて、1階からオンオフできるのがいい。20年以上は経過していた旧品と比べるのは酷だが。

 冷蔵庫も騒動があった。
いままで470リットルくらいだったが、我が家の使い方ではもはやキャパオーバー。耐えかねて600リットル超のにした。選ぶときは容量を大きくしたいことに執心で、横幅、奥行は入念にチェック。
「ギリギリだけどイケル、イケルね!」などとはしゃぐ。

レジで清算してから店員曰く、
「搬入のときの寸法は大丈夫ですね?」
「ハンニュウ?」
ほほう、確かに買ったら家に入れねばならぬ。

帰宅して玄関からリビングへの扉の幅を計り、改めて購入店へ電話。
「もしもし、68センチしかないけど、75センチx74センチは入るよね?」
「庭からクレーン吊り上げで、追加\27,000ですが」
「・・・・。」

その後紆余曲折があり、なんとか大きな箱がキッチンに鎮座。
日常ルーティンにないプロセスは、予測的対応が必要ということを痛感。

| | コメント (0)

2016年4月25日 (月)

高熱でダウン

日曜日の昼間より体調悪く、夜には38.7℃に。翌日も動けなくなり検査するも、インフルエンザではなく、風邪との診断。
4月は様々異例事象が重なったためか、疲労によるものかもしれない。
連休前に復帰しなくては。。

| | コメント (0)

2016年4月23日 (土)

昭和記念公園

 週末、朝から思い立ち、家族で昭和記念公園へ。ゴルフR32とRX8どちらか迷ったが、用具があるのでゴルフを選択。
Img_2568

姉9歳はエアドームトランポリン(のような遊具)が、弟7歳は毎度サイクリングがそれぞれの楽しみ。10時過ぎに自宅を出て立川12時着。Img_2572


Img_2571

気候も良いため、それなりの人出。もはや、親の役目は遊具の場所まで連れていくことのみ。あとは勝手に遊ぶので、小さなタープを出して、ボケーと帰ってくるのを待っているだけ。青空と子供たちの歓声を聞いていると、自然に頭がクリアになってくる。

 最近、身の回りで残念な出来事が重なり、家族の大切さを改めて想う。

| | コメント (0)

2015年5月15日 (金)

英国 2015.5月

Img_1056
GWの翌週から渡英していました。
2012年の冬、娘と2人でカナダへ行って以来の海外。欧州は12年ぶりくらいか。

Img_1086
まだ少し肌寒いものの、ゆったりした空気が良いです。

Img_1063Img_1091
海岸近くの街では、とにかくシーフードをメインに。
どこに行ってもチップス(じゃがいも)は欠かさないのが英国流。

Img_1048
クルマは道具という割り切り。庭はガーデニングの場所。どの家も芝生の手入れは行き届いている。
ヴォグゾール、シュコダ、セアトあたりが、日本では見ないメーカーのクルマ達。
日本車は少ない。ヤリス、シビック、マイクラ、MAZDA3等が少し走っている程度

Img_1111
この家は築300年以上とも。玄関の戸は目線ほどの高さしかなく、窓も見てのとおりの大きさ。
日本の都市は戦争で焼けてしまったが、旧いものを残し、歴史を積み重ねる文化は羨ましい。

英国はずっと憧れの地であり、果たして、予想した通りの国だったと言えます。

| | コメント (0)

2013年1月14日 (月)

大雪の中で

Kimg0259_2
今日は大雪ですが、たまたま仕事で外出でした。
足元悪くていやだなぁと思っていたら、結局、早上がりになりました。

Kimg0261
ぽっかり時間ができたので、、チビずを連れて近所のフォルクスワーゲンディーラーへ。
ふふふ。色々面白いお話をしてきましたよー

| | コメント (0)

2012年6月20日 (水)

台風4号 倒木

Dsc_2366_800x536

6/19の夕刻から夜にかけて台風4号上陸
暴風を気にしながら過ごしていると、戸外で「ドカ!」と大きな音
窓から覗くと、大きな枝が屋根を直撃
その後、屋根の傾斜を伝って地面まで落下

自宅の前は森になっているのだが、どうやら木が耐えられなくなったらしい
片づけんの面倒くさいぞ

| | コメント (0)

2012年1月 2日 (月)

昨年2011年分のデータ整理

Dsc_1607_800x536
チビたちと暮らしていると、自ずと写真とビデオは撮り放しになりがちである。
せめて年に数度はデータの整理をということで、我が家では年末年始にデータ類のバックアップ、ディスクレーベルの印刷などの地道な作業をすることにしている。

PCやHDDはいつ何時クラッシュしても文句を言えないので、とにかくディスクメディアにバックアップすることで安心感を得ている。
2011年分の写真とビデオを保存、レーベル作成を終えて、今年も1年間暮らしを刻んでいく。

| | コメント (0)

2012年1月 1日 (日)

2012年スタート


年明け元旦の夕飯は、ラーメン魁力屋。
横浜市青葉区周辺、港北ニュータウン、いずれも交通量少なく、営業してる店もそれほど多くはない。
港北ニュータウンの三車線道路を快適に走る。
明日は自宅で、仲間を招待しての新年会パーティー

| | コメント (0)

2011年5月21日 (土)

痛くて眠れない。足指の腫れ

この1ヶ月ほど運気が良くないようだ。
5/20の夕刻から左足の中指の傷口が化膿し始めて、痛みが激しくなってきた。
なんとか仕事場から帰宅したものの、夜には立って歩くことも困難になってしまった。
激痛である。
足指は大きく腫れあがり変色までしているし、自分の脈拍がその腫れを通じて感じられるくらいである。これは今夜は眠れないであろう。覚悟した。
床に入っても痛みは激しくなるばかりで、氷で冷やしたりとムダな抵抗を試みたが、全く和らぐ気配すらない。
それでも断続的には眠れたようで、途中朦朧とする意識の中で時が過ぎるのを待った。
朝方にかけては、チビ軍曹のおねしょ騒動が起きたり、チビ二等兵が6時に目を覚まして騒ぎ出すなど、追い討ちをかける事態が相次ぐ。。

朝になれば痛みも引くだろうと甘く考えていたが、腫れは一層ひどくなり、もはや痛みで寒気すらする。この時点で病院へ行くことを決意し、激痛の足を引きずって自転車で近くの外科へ行った。処置は指にたまった膿を切開して解放し、消毒、軟膏塗布と簡単なものであったが、これで一気に痛みが引き楽になることができた。

土曜日は終日何もすることができなかった。ひたすら寝転がって読書にいそしんだ。
クラッチ踏めないので、どこにも行けず・・・

| | コメント (0)

2011年5月 5日 (木)

5/5未明 救急病院へ

5/3の午前中より発熱。夕刻には38℃に達した。恐らくカゼと判断し、以前に処方されたジェニナック抗生剤と、ブルフェン剤で解熱を試みた。つらかったが、夜には解熱し楽になってきた。その晩はそれでおさまった。

5/4は朝は快調。通常通り過ごしたが、夕刻より胃に違和感を感じはじめた
多少無理をして妻の実家へ行く。
夜になっても治まらず、夕食は食したものの、いざ横になっても眠れないほど痛い。
午前3時、更に痛みは悪化。ここまで全く眠れず。
我慢できず、横浜市の救急センターへ電話。
神奈川区付近だと、みなとみらいの「けいゆう病院」が救急対応してくれるとのこと。
チビ軍曹、チビ二等兵を彼らの祖母に託し、妻の運転で病院へ急行。

何とか歩けるものの、座って待っている時間も苦しい。
診察で問診を受け、血液検査、レントゲンをやってもよくわからないという。
止む無くCTスキャンとなったが、この頃にはとにかく何か処方してくれという気持ちのみ。
この時点で妻に悪いので、先に帰ってもらうことにした。帰りはタクシーでもなんとでもなろう。
CTを撮るには「ヨード造影剤」なるものを点滴で入れる必要があり、これが副作用が強いとのことで、同意書への署名をする。この時点では署名などいくらでもするから早く楽になりたいという思いしかない。
CTの機械に横になり、いよいよ造影剤の投与である。
喉の渇きがひどくなり、一気に全身が熱くなる。

何がしかの役に立つという点滴をしたまま処置室に戻り、ベッドに横になると、今度は身体全体をかゆみが襲った。医師曰く、副作用のアレルギーが起きたとのことである。そのための抗アレルギー剤も点滴で投与。もう左腕も右腕も、何らかの管につながれ、寝てないこともあって意識が朦朧とする。経過観察するまで、このまま病院に留まるしかないという。しかし、肝心の胃の痛みは、造影剤を投与したくらいから、心なしか軽くなってきたように感じられた。それはそれで良い。

気づくと午前8時。ようやく眠れたようであった。
全身のかゆみもなくなり、胃の痛みも軽い。ただ、頭はモウロウとする。
CTの結果からも、明確な理由はみつからなかったという。
恐らく、5/3の発熱の時点で何らかのウィルスが入り、それが胃や腸で暴れたのだろうという所見であった。

病院を出ると、休日のみなとみらいの街。
朝の空気は気持ちが良いが、こちらは眠さでどうにも暗い。
おぼつかない足取りでみなとみらい駅まで歩き、義父母宅まで徒歩で帰った。
この日は昼の14時まで寝て養生して過ごした。

あのまま救急にはかからず、家にいたとしたら同じ結果だっただろうか。わからない。
幸運だったのは、我が将軍が義父母宅のオートマ車に乗れたことだろう。
自宅だったら、救急病院まで自分で運転するか、それこそ救急車だ。
しかし、カゼのウィルス如きで救急車を呼ぶわけにはいかない。やはり、自分で行っただろう。

それにしても、救急病院にはひっきりなしに患者が来ていた。もちろん救急車で搬送されてきて、私自身より明らかに症状が悪そうな人も多かった。内科の処置室だったからまだしも外科であったら、それこそテレビ番組のようであったかもしれない。

今晩は落ち着いて眠れそうである。
感謝。

| | コメント (0)