バックカントリースキー

2011年3月20日 (日)

ガイドという仕事 ニセコメッカ田中氏 バックカントリーガイド

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日本では悲しい出来事があり、現在も困難は続いている。
それでも日常は進んでいく。

今シーズンのニセコ バックカントリースキーツアーで、ぜひとも記しておきたいことがある。
今回のツアーは5日間の日程を組み、ニセコローカルスキーを中心にパウダーを堪能しようという趣旨であった。特別に雪山に精通している訳でもないが、山岳スキーのリスクは認識している。ここはプロフェッショナルのガイドに託して楽しむというのが安全である。

NWGA ニセコウィンターガイド協会 加盟の中から選ばせてもらったのが、
ニセコ メッカ 田中久敬氏(通称 ターナー)である。

バックカントリースキー或いは山スキーなどというのは、近年流行っているとはいえども、その業界は狭いと言えるだろう。仲間内でガイドツアーに参加した際の経験談などによって、情報が口コミで伝わっていくような部分が大きい。
それでも、ニセコのような世界でも有数のパウダーエリアともなると、ガイドの看板を掲げているところも多く、選択に迷ってしまったのも事実であった。
そんなとき頼るのは、やはり直感である。
人間、内面に持っているものは必ずどこかに表れてくるもので、ニセコメッカのホームページを見て、田中氏に依頼することを決めた。オンライン予約ができるようなリアルタイム性のあるページではないが、田中氏の持つ志向、落ち着きのようなものが感じられたのである。

今回は3/2、3、4と3日間に渡ってお世話になった。平日だったこともあって、参加人数も少なく、存分にコミュニケーションすることができたのが良かった。
私自身は初日に初めてのシール登行となった。結果としては私の体力がもたず、目指す山の途中までしか到達できなかったり、道具の扱いの不慣れさから破損させてしまったりするトラブルがあった。ニセコ入りの前に水泳でトレーニングしたり、前日に安全なゲレンデ内で道具類の使用練習をして臨んだにも関わらず、やはりバックカントリーはそう容易いものではなかった。
遅いペースで登る私に合わせてもらったり、スキー登行のコツを指導してもらったりと、ほぼ「初めてのバックカントリー教室」の様相であったが、とにかく親切に教えていただいた。
そして、案内されるのは常にまっさらなノートラック。もちろんコンディションによって無理な場合もあろうが、奥の奥の手を常に持っているのだ。ガイドの面目躍如である。

通常ガイドツアーは2名体制で先頭と最後尾を固める。サポートガイドのfumiさんは女性なのだが、ガイドを生業にしているから当然とは思いつつも、急な登坂斜面をモノともせず登っていく。私如きの登行ペースでは、散歩程度といったところであろう。
違う日にはスノーボーダーのサポートガイド、KAZUさんも合流。普通、スキーのルートとボードのルートは異なるのだが、そんなことはお構いなしで、モノともせず追いついてくる。
3人とも当然ながら滑走技術は一級品なのである。まっさらな斜面ならいいが、バックカントリーではブッシュやくぼみなどの地形に合わせた滑りが要求される。こういった部分を何気なくこなしてしまうのだ。
そして、そのエリアの地形を熟知し、天候を正しく予測する。
晴天のチセヌプリ登行中、これ以上登るとガスで視界がなくなると判断した田中氏はすぐさま滑走に移る判断を下した。果たして1本滑ったところで雪とガスで視界が閉ざされてしまったのだ。あれ以上登っていたら、視界がなく恐る恐るの楽しくない滑走になっていただろう。プロフェショナルとして、そのときの最善の判断でゲストを楽しませる。

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ただ単にパウダーを滑るだけではない。
地形や天候について解説してくれたり、ツアースキー的に雪上を歩く場面もあった。真っ白な雪面とキンと締まった空気の中を進んでいると、なんとも言えない非日常の気分が味わえる。自分達だけなら躊躇するような疎林の中へも、ガイドされていれば安心して踏み入れることができるのである。
参加者が多ければアクシデントも起きる。ゲストの一人が転倒すれば、すぐに駆け付けてサポートする。深雪の中での転倒は、スキー板1本はくにも体力を消耗するからである。
ツアーは朝から午後まで続くので、昼食も共にする。
装備を解き、一旦リラックスして会話をする。仲間内だけのゲレンデスキーとは違った楽しみがそこにある。
1日を終えるころ、自然と共に滑った仲間同士の連帯感が生まれる。また一緒に滑ろう。その日が充実すればするほど、そう思うのである。

ガイド業、これはつまるところ、人柄である。
田中氏の言葉。
「パトロールの来ない山中は、とにかく安全が第一。僕らガイドはそれを大事にしている。」
どんな仕事でもそうかもしれないが、家庭を持ち、子供を持つようになると、ことさらに安全ということの意味を感じるようになる。
単に雪崩を避けるという安全だけではなく、ゲストの精神的な安全をプロデュースできること。ガイドという仕事にとって、それはゲストを良い斜面に案内すること以上に大切な要素かもしれない。

ニセコ メッカ ニセコエリアで大人のバックカントリー、最高のパウダーを託せる最高のガイド氏である。

ターナーさん、また必ず一緒に滑りましょう。
最高のニセコツアーでした。

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2011年3月 3日 (木)

3/3子育て放棄のニセコビレッジスキー場内でパウダー堪能

3/3 ニセコバックカントリーツアー3日目。
今日もツアーガイド ニセコメッカ の田中氏にパウダーガイドツアーをお願いした。
今日のターゲットはニセコモイワスキー場。リフトで上がったところからゲレンデ外のバックカントリーエリアへアクセスし、またリフト乗り場まで戻ってくるという、登高をあまりせずにパウダーを堪能できる予定・・・であった。

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しかし、モイワスキー場に来たものの、山頂駅付近風速20m/s超えが頻発し、クワッドリフトが動かない。スキー場ベースでもかなりの強風で吹雪の状態。予報では日中も降雪は続くとのことで、リフト運行は期待できそうにない。
30分程度待ったが状況は好転せず、止む無く本日のガイドツアーは中止することに決定。
改めて明日にツアーをリスケジュールすることとなった。

ニセコメッカの田中氏に宿まで送ってもらったあと2人は困ってしまった。
ゲレンデスキーを楽しもうにも、ニセコ全山の主要なゴンドラ、リフトが動いていない。仕方がないので、ニセコビレッジスキーリゾート(旧東山スキー場)の回数券を購入し、こぢんまりと滑ることにする。
しかし、ゲレンデに雪は積もっているものの、アイスバーンの上に積もっており、降雪量がいまひとつ不足気味で、ターンすると板が底付きしてしまう。非常に難しい雪の状態であった。
ここは一つ待ちを決め込み、一旦ホテルの部屋で待機することとした。
ランチをとり、身体を休め時期を伺う。

そして、午後2時。雪は止まないが、満を持してリフトに乗り込んだ。

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来た!ゲレンデ内パウダー!!!

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雪は本当に軽い。もう底つきもしないし、完全にバーンはリセットされた。
日中の降雪でここまで回復するとは、恐るべしニセコ連峰の実力。

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ゲレンデ内なので、どこまでもノートラックというわけではない。
しかし、軽い粉雪を蹴散らすように滑るのは「最高」としか表現できない。

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ヒラフスキー場と違って、旧東山スキー場は人が少ない。
ゲレンデ内でも端のほうにはノートラックが残されており、十分に楽しめた。

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仕上げに圧雪バーンを大回りで決めて、今日はあがり。

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夜はまたもや倶知安まで繰り出し、和食「くっ亭」にて海鮮を食す。

ところで、朝のモイワスキー場において感じたことを記す。
朝のベースセンターには、同じくパウダーハンター達が続々と集結してくる。皆、モイワのバックカントリーエリア狙いなのは間違いがない。多いのがヨーロッパや北米からの外国人グループ、それからツアーガイド仲間同士だったり、ニセコ在住の知り合いだったりするようで、そこここで情報のやり取りが繰り広げられる。
昨日はお互いにどこを滑り、どんな斜面や雪の状態だったか。どこぞのスキー場のゴンドラが運休になった云々~、おかげでヒラフエリアが混んでいる云々~。とにかくすごいスピードで情報が伝達されていく。ニセコの方々は外国人と接するのは日常的であり、たとえ年配の方であろうと、どんどんコミュニケーションをとっていく。
雪山を商売にしている以上、こうしたやり取りは当然ではあるのだが、そこに人どうしの会話があり、温かみがある。都会から来た身としては、山のプロフェショナルの現場を垣間見れたような気がして、その非日常性に惹かれてしまう。

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2011年3月 2日 (水)

3/2子育て放棄のニセコ チセヌプリバックカントリースキーツアー

北海道バックカントリースキーツアー2日目。
今日はガイドツアーを利用し、ニセコエリアのプロフェッショナルにバックカントリーエリアのエスコートをしてもらう。
案内をお願いするのは、ニセコ メッカ の田中氏。
今日は平日ということもあってか、ko1と私2名のみのプライベートツアーとなった。
週末などは他の参加者と混成グループとなることが多い。

前夜からの降雪はおよそ15cm~20cm程度。今日はチセヌプリスキー場からアクセスし、チセヌプリ峰へハイクアップするバックカントリーツアーである。

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チセヌプリスキー場のリフト乗り場付近

最近バックカントリーという言葉が指す意味としては、スキー場などの管理された斜面ではなく、自然の山や斜面に自力で登り、そこをスキーやスノーボードで滑り降りることである。当然管理されていない斜面のため、雪崩のリスクや木に衝突するといった危険もつきまとう。
エリアによっては誰でも簡単にバックカントリーエリアに踏み込むことができる。しかし、雪山登山に関する知識が欠しい状態でこうした場所へ行ったとしても、天候が悪くなって吹雪になったりすれば、一気に視界が閉ざされ、簡単に遭難してしまうだろう。それくらい冬山は危険な場所である。
そういったリスクを予め予知し、その山での行動の仕方をガイドしてくれるのが、プロのガイドの仕事である。

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チセヌプリ峰 当然リフトはない。自力で登高し、滑って下山する。
まさに北海道のバックカントリーといった趣であろうか。
この日は同志たちが数組程度入山していた。

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このような景色が広がる。
北海道は緯度が高いため、1300m級の山々でも森林限界が低く、ある標高から上部には全く木がない。このことがどこを滑ってもよい理想的な斜面を作り出す要因になっている。

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スキーにシールを装着し、登り始める。
この写真のように斜度が緩いうちはまだ良い。。向こうに見える急激に斜度がきつくなっている部分になると、本格的な登山の様相を呈してくる。

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チセヌプリの東側斜面。。。
この急な斜度をジグザグに登っていく。
先頭はガイドの田中氏、最後尾にもサポートガイドが1名つく。

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休憩。登山と同じできつい坂道を登り続けることはできない。ところどころで休憩を挟みながら。
正直なところ体力的に相当きつかった。基礎的な体力もないし、シール登高するときのスキー技術は、普通のスキーとは全く異なる。スキーの動かし方、様々な道具の効率的な扱い方など、ガイドの田中氏に指導を受けながら進んだ。

本来は山頂までいくべきだが、私自身の体力面を考慮して中腹で滑降を開始することに。
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滑降開始!
これだ。これをやりにニセコまで来た。
誰も滑っていないノートラックバーンを、自由にターンしながら滑り降りる。

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斜面は当然ながら圧雪などされていないから、雪が積もったままの自然な状態である。雪質はその日の状態や、斜面の向きによって様々に変化する。ときには日差しで解けて再度固まったような硬い箇所や、湿った雪など滑るのが難しい場合もある。
そういったことを全て受け入れながら、やはり追い求めるのは軽い粉雪パウダーの斜面である。

この日の結果
1本目と2本目:チセヌプリ峰の東面斜面
 →硬い箇所あるが、基本パウダー
3本目:少し登り返して、チセヌプリスキー場側へ降りる斜面
 →基本パウダーで良かった
昼食
4本目:チセヌプリスキー場にほど近い名もない斜面
 →軽いパウダー。本日のベスト。

とにかく、身体にはこたえたが、最高のバックカントリーツアーであった。

・・・ところで、このツアー中にアルパイントレッカーを壊してしまった。
無理な体勢から身体を起こそうとしたら、先端の支点に力が加わったらしく、シャフトが曲がってしまった。
ツアー終了後、応急処置で修理したが、やはりツアー用バンディングが欲しくなる。
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夜は倶知安の街までクルマで移動し、寿司を食べる。
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寿司 「日本橋」
ネタは大きくシャリも大きい。サラダとあら汁、ケーキにコーヒーまでついて\2100
・・・北海道の食はやめられない。

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倶知安市街。雪国というよりも、「北海道」の町並みである。

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夜は更けていく。

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2011年3月 1日 (火)

3/1子育て放棄のニセコバックカントリースキーツアー 準備日編

ついに北海道ニセコへのバックカントリースキーツアーの1日目となった。
空路千歳空港へ入りレンタカーをピックアップ。一路、倶知安(くっちゃん)町を目指す。

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千歳空港のレンタカステーションは巨大。まるでアメリカのレンタカー営業所のよう。
今回の相方はTeamMPのko1先生。1児の父。私も2児の父。
これは滅多にない千載一遇のチャンス。やるところまでやる覚悟である。
2人しかいないくせにクルマは7人乗り。しかし、スキーや巨大なバックパックを放り込むバックカントリーにはちょうど良いユーティリティを持つ。

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千歳から2時間強で倶知安の町に入る。羊蹄山が雄大である。

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ニセコアンヌプリ峰の山麓に広がる、ヒラフ、ビレッジ、アンヌプリの各スキー場。
いま、アジアやオセアニアの国々から、リゾートとしての絶大な人気を誇る。
事実、夜のヒラフスキー場周辺や飲食店は外国人のほうが多い程の人気ぶりである。

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今回のツアーのベース基地。グリーリーフホテルに到着。
元々はニセコ東山スキー場として西武系コクドが運営していたが、これをマレーシアの財閥に売却し、プリンスホテル新館がヒルトンホテルに。本館はグリーンリーフホテルとしてリニューアルされた。そのおかげもあって、建物の構造はそのままに建具や施設が新しくなっていて非常に居心地が良い。
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ツイン洋室の様子。広さは平均的だが合格点である。

さて、1日目の課題はバックカントリー用具の使い方練習。
シールといってスキーの裏に貼り付けるナイロンテープがあり、これによりスキーは前には進むが後ろに下がらず、そのまま登坂していけるという優れたアイテムである。

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次にスキーで登坂するためには、通常のアルペンバインディング(ブーツをスキーに固定する金具のこと)では、かかとがあがらず、上り坂ではかなり厳しくなる。よくかかとをあげて膝を折り曲げて滑るテレマークスキーを御存知の方もいるだろう。まさにあの要領である。
通常のアルペンスキー用金具のままにこれを解決するため、写真のようなアルパイントレッカーという特殊なアタッチメントが存在する。
ブーツにアルパイントレッカーをはめてから、バインディングに装着する。すると、あたかもテレマークスキーのようにかかとを上げて歩行することが可能になるのだ。

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シールとアルパイントレッカーでスタスタと登高(斜面を登坂すること)をはじめたが、勾配の緩いうちは良い。徐々に勾配がきつくなるとかなりの重労働となってくる。更に気温はマイナス5℃程度のはずなのに、汗だくになってくる。きつくなって休むと途端に寒くなる、といった繰り返しである。
いずれにしても、本日は人生初のシール登高。若干バテ気味で練習を終えた。

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さて、ここでやめればよいものを、30代ヒマなオヤジ2名は、ナイターを滑るなどという無謀な計画を持ち出した。
実はニセコひらふのナイターは、日本でトップの規模を誇るのだ。ゴンドラも稼動し、クワッドとトリプルの各リフトを乗りついで、かなりの高度まで照明灯が燈っている。日が暮れた途端にぐっと冷え込む気温と相まって、貸切状態のパウダーランが楽しめる貴重な場所なのである。
また、明日のパウダーガイドツアーに備えて、装備類を入れたバックパックを背負った状態のでの滑りにも慣れておかなければならない。

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キング第3トリプルの降り場付近。ここからニセコの街明かりや、広大なひらふゲレンデが望める。ニセコに来たことを実感する最高の場所である。

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広大な斜面を自由にターン弧を描いて滑り降りる。
ko1もシホインドも、パウダー用のファットスキーのため、細かいターンよりもスピードにのった大回りターンで雪けむりを舞い上げながら、至福のひと時を楽しんだ。

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やめればいいのに、ナイター券の元をとろう根性が働く。足もついて来ないのに7本も長距離滑走し、結果は言わずもがな・・・。
写真は疲れ果てて夕食で入ったラーメン屋にて。

やはりニセコは最高である。

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2011年2月20日 (日)

北海道バックカントリースキー遠征 ギア(用具)準備編

たまには話題をクルマから離してみよう。
近日中に北海道はニセコ地区へスキー遠征を予定している。スキーといってもスキー場のエリア外に出ていき、非圧雪の斜面を滑ろういう、いわゆる「バックカントリー」と呼ばれる類のものである。
筆者は、十年来の仲間と チームMP ※MPはモーグル&パウダーの意 というスキーチームに所属している。チームを立ち上げた1998年当時は、長野オリンピックのモーグル競技で里谷多英が金メダル勝利をしたことも手伝って、フリーライドスキー、モーグルスキーの機運が高まっていた時期である。八方尾根の兎平&黒菱のコブ、苗場、川場などへ繰り出していた。
その後もチーム自体は活動しているのだが、自分自身は近年の忙しさに負けて、チームの仲間と滑りにいく機会がなくなっていた。
ここにきて改めてスキーに対するモチベーションが戻ってきたこともあり、今回のニセコ遠征となった。

バックカントリーと一口にいってもリフトを使ったお手軽なものから、完全に冬山登山と同等のスキルを要するものまで、その目的によって様々である。しかし、例え入門編のお手軽なものであっても、バックカントリーエリアに入る以上はリスクが伴う。リスクというのは要するに雪崩或いは遭難である。管理されたゲレンデで滑るのとは異なり、自己責任で臨む必要がある。
このため、多くの専用装備を携行する必要があるが、これが全くもって一般的ではなく、マニアなギアばかりなのである。
ひとまず、ここに広げてみる。
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・・・・・・。多すぎ。しかしこれでも全てではない。他にもいくつか必要。

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まずはスキー板。ベクターグライド オムニー2006モデル 180cm シェイプは120-80-110
金具はLOOK製

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ブーツ FT(フルティルト) CLASSIC(クラシック)
2002年ソルトレーク五輪で金メダルに輝いた、フィンランドチームのヤンネ・ラハテラ(現日本モーグルチームコーチ)が愛用していたことで知られるモデル。
デザインが一般的なブーツとは異なるが、プラスティック部分が多く軽量であることが特徴。

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アウターはマウンテンハードウェア製のConduit生地 ベンチレーション機能付き
パンツはホグロフス ゴアテックス生地
登高の発汗を考慮して、各所がジッパーで開放されるようになっている

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グローブ トーバート製 紛失や水濡れを考慮して予備が必要

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ヘルメット GIRO製 SEAM
ゴーグル WEPS及びBolle
一時期モーグラー御用達だったフューチャースネイクが予備
ゴーグルも紛失対策で予備を持っていく

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そして、雪崩対策用ギア
スノーショベル arba(アルバ)製 snow Plume 380g 軽量で丈夫なほうが良い
ゾンデ棒(プローブとも言う) BlackDaiamond製 ツアープローブ265
※ゾンデ棒とは、雪崩に埋まった人を探すときに雪面に刺して探索するもの
 もちろん使う機会がないのが一番である
この他にビーコン発信機が必携なのだが、今回は仲間のものを借用する

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モンベル スキートレーサー
パウダーの中で板が外れたときに、板の場所を特定するための小物
そう、こんなものまで必要なのだ。。
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そして、、これらの道具たちをいれるバックパック
ドイター製 容量は35リットル
両脇にスキーを装着したり、疲労軽減のための背面加工、防水対策など、バックカントリー用に特化して設計されている

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登高用スキーシール(スキンとも言う)
モンベル製
10cm単位で切り売りされていて、DIYでスキーのサイドカーブに合わせてカット

他にもたくさん携行品はあるのだが、主なものでもこれだけある。
これからしばらくはバックカントリーの話題が続きそうである。



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